四谷シモン人形教室-エコール・ド・シモン mail access

四谷シモン 四谷 シモン(よつや シモン)

人形作家。1944年生まれ。
73年に初の個展を開催後、78年にエコール・ド・シモン(四谷シモン人形学校)を開設。唐十郎の「状況劇場」の舞台に立つなど役者としての顔も持つ。

ギャラリー
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少年の頃より人形制作を好み、川崎プッペに私淑する。中学卒業後、アルバイトをしながら人形制作を続け、林俊郎、坂内俊美に師事する。
17歳の時、一時ぬいぐるみ人形作家水上雄次の内弟子になる。新宿のジャズ喫茶に出入りして、金子國義、コシノジュンコらと出会う。歌手のニーナ・シモンが好きだったことから「シモン」の渾名が付く。ロカビリー歌手としても活動する。

1965

雑誌『新婦人』に掲載されていた、澁澤龍彦の紹介によるハンス・ベルメールの球体関節人形を見て衝撃を受け、それまでの人形制作方法を捨てる。 金子國義を通じて、澁澤龍彦、唐十郎と知り合う。

1967

5月、唐十郎の状況劇場の芝居「ジョン・シルバー新宿恋しや夜鳴篇」に女形として出演する。渋谷東急本店開店キャンペーンのためにディスプレイ用人形を作り、それは「前衛マネキン」として雑誌に紹介される。またこの制作過程で張り子人形の技法とメイクの方法を学ぶ。同年12月、しばらく滞在するつもりでパリに行くが、あまりの寒さに、アンティーク人形やベルメールの写真集を買っただけでまもなく帰る。

1968

3月から6月にかけて、状況劇場の紅テントの芝居「由井正雪」に「的場のお銀」役で出演する。このときから「四谷シモン」の芸名を使う。

1969

「新宿西口中央公園事件」(新宿西口中央公園において、無許可でテントを立て公演を行った事件)や、寺山修司の天井桟敷と状況劇場の乱闘事件が起きた。1971年まで状況劇場の役者として活動する。

1970

大阪万国博覧会の「せんい館」のために「ルネ・マグリットの男」を制作する。

1972

2月、「10人の写真家による被写体四谷シモン展」が開かれ、階上の中央にはガラスケースに入った人形「ドイツの少年」が飾られる。この作品が人形作家として本格的に活動する転換点となった。

1973

10月、銀座の青木画廊で第1回個展を開催。タイトル「未来と過去のイヴ」は澁澤龍彦による。

1975

「慎み深さのない人形」を発表する。

1978

人形学校「エコール・ド・シモン」開校。当初は既製のパーツを使った人形作りを教えていたが、自由創作へ方針を転換する。

1981

2月、紀伊国屋画廊で「第1回エコール・ド・シモン展」開催。以来、展覧会はほぼ毎年恒例になっている。 「少女の人形」「少年の人形」「機械仕掛けの少年」「解剖学の少年」などの作品を発表。

1984

ふたたび状況劇場の芝居に出演。

1985

NHK大河ドラマ「春の波濤」にレギュラー出演。またいくつかのドラマに出演する。演出家久世光彦のドラマの常連俳優だった。

1987

彼の精神的支柱であり、理解者であった澁澤龍彦が死去。しばらくのあいだ茫然自失となる。
10月、雑誌『文学界』に弔辞「天使になった澁澤さんに…」を寄稿。松竹・関西テレビ制作のドラマ「女と男」(横山博人監督、樋口可南子主演)に出演。

1988

6月、雑誌『ユリイカ』の増刊号「総特集・澁澤龍彦」に「五月の澁澤さんに」を寄稿。

1989

7月、「美術の国の人形たち」(宮城県美術館)に<木枠で出来た少女1><解剖学の少年>など5作品を出品。
10月、松竹映画『キッチン』(森田芳光監督/吉本ばなな原作)に出演。
11月、日本テレビ「11PM」の特集<人形たちのあやしい夜>に出演。

1990

9月、澁澤龍彦の遺作『高丘親王航海記』の故地がみたくなり、巖谷國士夫妻とともに中国旅行。広州、雲南を訪ねる。
10月、澁澤龍彦全集月報用に巖谷國士と対談(「兄の力」)。

1991

6月、 雑誌『VISIO――mono』にエコール・ド・シモンが取り上げられる。
10月、雑誌『幻想文学』32号(特集・人形綺譚)に、インタビュー「ふわり、冷ややかな、幽霊のような人形を」が掲載される。

1992

1月、「所蔵作品展」(徳島県立近代美術館)に出品。
4月、テレビ東京「私の交遊抄」で江波杏子と共演。
10月、開館10周年記念展「アダムとイヴ」(埼玉県立近代美術館)に<機械仕掛の少年1><少女の人形>を出品。

1993

5月、NHK「きょうの料理――男の食彩」に出演。山椒地鶏鍋を披露。
6月、雑誌『BRUTUS』に篠山紀信が連載する「人間関係」で、<静かな友情>として、中沢新一とモデルをつとめる。
7月、雑誌『Do Live』の<The Leader>コーナーに取り上げられる。この企画で嵐山光三郎と対談。雑誌『パンプキン』に「僕の実行しているエコロジー」を寄稿。

1994

2月、「20世紀の人間像―4 現在との対話」(徳島県立近代美術館)に出品。
4月、「KARADAがARTになるとき」(板橋区立美術館)に<解剖学の少年>を出品。
5月、巡回展「人形芸術の世界――夢二から現代へ――」(主催:日本経済新聞社)に出品。
7月、NHK「日曜美術館」<幻想の王国――澁澤龍彦の世界>に案内役として出演。 この1年間、雑誌「ユリイカ」の表紙を担当。

1996

「ひとがた・カラクリ・ロボット展」(O美術館)に<機械仕掛の少年1><機械仕掛の少女1>など5作品を出品。

1997

11月、日本の名随筆・別巻81『人形』(作品社)を編集・出版。

1998

7月、「種村季弘<奇想の展覧会>実物大」(画廊春秋)に出品。
8月、NHK「土曜美の朝」が四谷シモンを特集。
10月、篠山紀信撮影の写真集「NARCISSISME 四谷シモン」(佐野画廊・書肆山田)刊行。

1999

1月、「種村季弘<奇想の展覧会>実物大 Part Ⅱ」(中京大学)に出品。
2月、『種村季弘のネオ・ラビリントス』第7巻にゲストエッセイ「湯舟のなかの布袋さん」を寄稿。
8月、雑誌『太陽』8月号特集「人形愛」でとりあげられる。
12月、雑誌『月刊美術』<世紀末エロス1999>巻頭で取り上げられる。また、同特集で植島啓司と対談。

2000

6月、大分市美術館を皮切りに、全国5カ所の美術館で大規模な回顧展「四谷シモンーー人形愛」開催。
10月、磯崎新企画の「間--20年後の帰還」展(東京芸術大学美術館)に出品。

2001

2月、高知県立美術館に、旧友・合田佐和子の展覧会を応援に行く。 昭和61年の「女の人差し指」以来準レギュラーとして出演していたTBSの ドラマ向田邦子新春スペシャルが終了する。最後のドラマ「風立ちぬ」に医師役で出演。
5月、全国で約75,000人の観客を集め、「四谷シモンーー人形愛」展が終了。
7月、パリ旅行。状況劇場時代の親友で画家として活躍する大月雄ニ郎らに会う。
10月、手持ちの人形を四国・伊予三島市にオープンした「病院ギャラリー」に展示。
11月、アート情報マガジン『ヒッティ』(メディアプロダクション)が四谷シモンを特集。
12月、京都、奈良(興福寺)、四国(病院ギャラリー)でNHK「美と出会う」ロケ。

2002

1月、NHK「美と出会う」が「聖なる顔を求めて」のタイトルで四谷シモンの活動を全国で放送。
5月、『文藝別冊/総特集・澁澤龍彦~ユートピアふたたび』(河出書房新社)の巻頭で桑原茂夫のインタビューを受ける。
7月、 CS放送(スカイパーフェクTV)で、特集番組「人形黙示録~人形作家・四谷シモンの世界~」放送。
8月、「JADE2002土方メモリアル」で、元藤あき子(土方巽未亡人)、唐十郎と鼎談。
11月、NHK「美と出会う――細江英公特集(記憶を記録する)」に被写体として出演。 半生記『人形作家』(講談社現代新書)刊行。 赤坂desperaで『人形作家』サイン会。
12月、嵐山光三郎、江波杏子、金子國義、唐十郎、久世光彦、コシノジュンコ、篠山紀信が発起人となり、新宿・陶玄房で『人形作家』出版記念会。

2003

1月、文化放送のラジオ番組「吉田照美のやる気MANMAN」にゲスト出演。
2月、東京国立近代美術館ニュース『現代の眼』(538号)で「私の人形史」を語る。 フードピア金沢2003の「食談」ゲストとして<食>を語る(於:金沢市・浅田屋)。 久世光彦演出のテレビ・ドラマ「センセイの鞄」(原作・川上弘美)に出演(WOWOW)。
3月、東京国立近代美術館工芸館で開催された「今日の人形芸術ーー想念の造形」展に5点の人形を出品。同展は東京のあと、全国4カ所の美術館を巡回。
6月、NHKラジオ番組「わくわくラジオ」に出演。青春時代を語る。
7月、NHKテレビ番組「人形の宇宙・ヒトガタに込められた思い」で作品が紹介される。また自身もに出演して人形への思いを語る。
9月、「病院ギャラリー」(伊予三島市)での作品展示を終了。
10月、雑誌『美術手帖』10月号(美術出版社)の<特集・新しい身体と彫刻の美学>でマリオ・Aと対談。
11月、写真集『病院ギャラリー717DAYS 2001-2003』(心泉社)を刊行。
12月、作品<男>がアニメ映画『イノセンス』のキャラクター、キムのモデルとなる。これを機に映画監督・押井守と対談(この対談は、2004年3月発売の押井守著『イノセンス創作ノート 人形・建築・身体の旅+対談』<徳間書店>に収載)。

2004

1月、久世光彦演出のテレビ・ドラマ「向田邦子の恋文」に出演(TBS)。 パリ市立アル・サン・ピエール美術館の「人形 POUPEES」展に4点の人形を出品。四谷シモンの作品は展覧会全体のポスターにも取り上げられる。この展覧会のオープニングに出席するためパリ訪問。
2月、東京都現代美術館で開催の「球体関節人形展(Dolls of Innocence)」(押井守監修)に<男>など11点の人形を出品。ヨミウリ・オン・ラインに同展オープニングに際してのインタビュー記事掲載。
3月、読売新聞別刷「Zip Zap」に<木枠で出来た少女3>をつかった全面広告が掲載される。 東京新聞夕刊「名流」面に「前衛に根付く伝統の心」として取り上げられる。
7月、坂出市に「四谷シモン人形館 淡翁荘」オープン。四谷シモンの作品を常設展示。
11月、中京大学アートギャラリーC・スクエアで開催の「封印された星ーー瀧口修造と日本のアーティストたち」展に出展。
12月、演劇「マダラ姫」公演のパンフレット用に主演の佐野史郎と対談。 東京近代美術館工芸館の所蔵作品展で<解剖学の少年>を展示。

2005

1月、雑誌『サライ』(小学館)新春号「サライブックレビュー」で、『さかしま』(ユイスマンス)、『食魔』(岡本かの子)について語る。久世光彦演出のテレビ・ドラマ「夏目家の食卓」に出演(TBS)。
3月、NHK『趣味悠々~暮らしの中の茶』に、千宗室氏のゲストとして招かれ、お茶を賞味。
4月、英国のブライトン・ミュージアム・アンド・ギャラリーで開催の「人びとと人形」展に参加。

2006

4月、読売新聞の文化欄で四谷シモンの人形が取りあげられる。
5月、ラジオ局LOVE FMの「エラン・ヴィタール」に出演。銀座のスパンアートギャラリーでエコール・ド・シモン人形展。
6月、NHK新日曜美術館の異端の画家シリーズ「甲斐庄楠音」で、甲斐庄の手記を朗読。
7月、多摩美術大学のオープンキャンパスで小川千惠子を司会に講演。
9月、イタリアの人類学者マッシモ・カネヴァッチが、トゥカ劇場(ブラジル、サンパウロ市)の舞踏公演『砂男』(ホフマン原案)で、四谷シモンの人形パネルを使用。四谷シモンの人形作品がダンサー、シェイラ・リベイロとコラボレートする。
11月、フジテレビのドラマ『東京タワー』に出演。
12月、学習研究社からエッセー集『四谷シモン 前編ーー創作・随想・発言集成』刊行。

2007

1月、『新刊ニュース』2月号にエッセー執筆。
1-2月、朝日新聞「たいせつな本」にエッセーを執筆。
2月、地方紙にやなぎみわ氏による『四谷シモン 前編』の書評が掲載される(共同通信配信)。 朝日新聞に中条省平氏による『四谷シモン 前編』の書評が掲載される。 毎日新聞にインタビューが掲載される。
3月、同志社大学(京都)で「球体関節人形展ーー四谷シモンを中心に」開催、同展のシンポジウムで講演。
4月、『澁澤龍彦 幻想美術館』展に出展(埼玉県立近代美術館)。 『澁澤龍彦 驚異の部屋』展に出展(ギャラリーTOM)。 西麻布から池之端に転居。
6月、公明新聞に「澁澤龍彦さんの思い出」を執筆。 四谷シモン作品を表紙にしたマッシモ・カネヴァッチ=リベイロの『Una stupita fatticita(しびれるような事実性)』がイタリアで刊行。このなかでカネヴァッチ=リベイロは、「Tokyo-in-body」のコンセプトで四谷シモンを分析する。
7月、日刊ゲンダイのコラム「私の人生を変えた1冊」で、澁澤龍彦『快楽主義の哲学』について語る。 『ユリイカ』8月号(特集・澁澤龍彦 20年目の航海)に「天使の人形について」を寄稿。 ヒストリーチャンネルが「時代の響き」で四谷シモンを特集。
8月、さまざまなゲストを招いたトーク・イベント、サロン・ド・シモンをはじめる。
10月、『<開館30周年記念展Ⅰ>工芸館30年の歩み』(東京国立近代美術館工芸館)で、「解剖学の少年」展示(10月6日~12月2日)。『澁澤龍彦 幻想美術館』展が横須賀美術館に巡回(10月6日~11月11日)。 『六本木クロッシング2007 未来への脈動』展(森美術館)に出展(10月13日~1月14日)。
11月、NHK『知るを楽しむ 私のこだわり人物伝』~澁澤龍彦に出演し、澁澤龍彦の思い出等を語る。

2008

3月、美術雑誌『Prints 21』(発行・プリンツ21)が四谷シモンを特集(2008年夏号)。
4月、『澁澤龍彦生誕80年回顧展』開催、澁澤家所蔵の四谷シモンの人形2点が出展される(神奈川近代文学館)。また、同展にて、「澁澤さんと人形」をテーマに講演と朗読を行う。
5月、ローマ大学マッシモ・カネヴァッチが来日し、四谷シモンの新作人形<PORTRAIT DE PETITE FILLE 2008>を舞台中央に据え『砂男』を公演(東京・西麻布Super-deluxe)。この公演では四谷シモンも最後に登場し、人形に扮したダンサーを動かす。 『四谷シモン 人形とデッサン』展(5月12日~31日、ギャラリーメスタージャ)。
12月、『机』(発行:アスペクト)にて、四谷シモンの仕事場と作業机が紹介される。

2009

5月、大腿骨折で入院。
6月、退院。
7月、美術解剖学会大会(於:東京芸術大学)で招待講演。

2010

10月、ポーランドのカトヴィツエ、シレジア美術館で展覧会。 ハンス・ベルメールの生誕地であるカトヴィッエでから招待されポーランドに行く。
12月、東京国立近代美術館工芸館 「現代の人形 珠玉の人形コレクション」に出品。
12月、 夜想 特集ベルメールにインタビュー掲載。

2011

『四谷シモン人形日記』刊行 (平凡社 コロナ・ブックス)

2012

『シモン私風景』刊行:細江英公撮影 (Akio Nagasawa Publishing)

2013

映画『彌勒 MIROKU』に老天文学士で出演:監督:林海象

2014

そごう美術館(横浜)、西宮市大谷記念美術館で、個展「SIMONDOLL 四谷シモン」開催
『SIMONDOLL 四谷シモン』刊行 (求龍堂、2014年)

2016

2月、ロンドンの美術館テート・モダンで、細江英公が撮影した四谷シモンの写真「シモン私風景」シリーズ26点が展示される[19]。
12月、山崎哲・作構成演出の『骨風』(原作・篠原勝之)に出演
『Simon, The Actor』刊行:沢渡朔撮影 (Akio Nagasawa Publishing)
『SIMON, 1972』刊行:加納典明撮影 (Akio Nagasawa Publishing)

2017

『四谷シモン ベルメールへの旅』刊行 (菅原多喜夫著、愛育出版) 2010年にポーランドで開催された展覧会と展覧会準備のための旅行の記録
『人形作家』刊行(中公文庫[中央公論新社])講談社現代新書版『人形作家』の改訂新版
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